2.2千万はどこいった?

申告件数の割りに税務調査が多い税目が「相続税」である。
相続税の申告書を提出すると、かなり高い割合で税務調査が行われる。

高根幹之助は、御年76歳である。
76歳とは思えないほど元気でピンピンしていた。
彼が興した会社は、かつて高度成長の波に乗って大きく発展していた。
とはいうものの、その業界はすでに先細りとなっていて、幹之助の会社も例にもれず、現在では衰退の一途をたどっていた。
経営は息子の高根秀夫にバトンタッチしたものの、やはり今でも経営が気になるようで、しばしば秀夫と意見が衝突していた。
幹之助は過去の栄光がどうしても忘れられず、秀夫は「今はそんな時代じゃない」というわけである。

まあ、よくある意見の対立である。

そんなある日、幹之助が突然の脳溢血で倒れてしまった。
もちろん、即、入院である。
幹之助の家族が集まって、今後のことについて話し合った。
「それはそうと、もしものことがあった場合、相続税はどうなるんだ?」と疑問を投げかけたのは秀夫である。

さっそく会社の顧問税理士に質問してみると、幹之助が持つ会社の株だけでも相続税が発生するという。それもウン千万円の話だという。
それを聞いた家族は驚愕した。
「どうしよう・・・」
とりあえず少しでも相続税対策になればと、幹之助の
定期預金のうち1千万円を解約した。

幸いなことに幹之助は一命をとりとめた。寝たきりになってしまったが、とりあえず命は永らえた。
少なからぬ入院費用がかかったので、
改めて幹之助の預金から入院費用を捻出した。
幹之助が多額の預金を持っていたことが実に幸いしたのである。

半年後、再び幹之助は脳溢血で倒れてしまった。
そして今回は残念なことに帰らぬ人となってしまったのである。
家族は前回と同じく、幹之助が倒れたときに
「相続税対策に」と幹之助の5百万円の定期預金を解約していた。
幹之助が亡くなった翌日には
「葬式費用に」と幹之助の預金からさらに5百万円をおろしていた。

無事に葬儀を終え、四十九日も済ませ、相続税の申告も終わり、一周忌も過ぎてしばらくした頃、税務署から「幹之助さんの相続税の件で・・・」と電話があった。

税務職員は、秀夫から一通りの話を聞いた後、
「ところで、幹之助さんの預金通帳を見せてもらえますか?」
と切り出した。
「父が亡くなったときの預金残高は、申告書に書いた金額と同じになっているハズですよ」
と言いながら秀夫は通帳を渡した。

「幹之助さん、亡くなる半年ほど前に1千万円の定期預金を解約していますね」
「はい」
「亡くなる半年ほど前といえば、幹之助さんが脳溢血で倒れたときですね」
「まあ、そういうことになりますね」
「そのあとは寝たきりだったそうですね」
「そうですが・・・」
「寝たきりの幹之助さんが半年で1千万円も使うとは思えないんですが」
「・・・・」
「亡くなった前後にも5百万円ずつ、計1千万円をおろしていますが、亡くなった方がお金をおろすことはできないと思うんです」
「どういうことでしょう?」
「つまりこの2千万円を幹之助さんが使う機会はなかったわけですから、実質的に幹之助さんの遺産ということになります」
「そうなんですか」
「そう。この2千万円は遺族の方のお手元にあるか、遺族が使ったとしか考えようがないわけで」

つまり、
寝たきりの幹之助、死亡した幹之助が使うことができなかったハズの2千万円は、遺族の手元に渡ったお金。すなわち相続財産でしょ・・・というわけである。
しかるにその相続財産は相続税の申告書のどこをひっくりかえしても書かれていない。
・・・ということは過少申告なのである。

結局、その2千万円に対する相続税と、ついでに過少申告加算税と延滞税まで余分に取られてしまった秀夫たちなのであった。